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2009.12.31     カテゴリ:  能登の風景 

   七尾市街地の町並み

今回は、七尾市街地の町並みを紹介します。


以下、七尾市のHPより転記↓

石川県七尾市は能登半島の中程に位置し、平成16年(2004年)10月1日、(旧)七尾市、田鶴浜町、中島町、能登島町の1市3町が合併し、新生七尾市として新しい一歩を踏み出しました。
この地域は、天然の良港として栄えてきた七尾港を海の玄関口とし、古代より能登の政治・経済・文化の中心地として発展を続けてきました。
また、渚のいで湯として全国的に有名な和倉温泉や、様々なリゾート施設を有する能登島をはじめ、観光資源にも非常に恵まれた、魅力あふれる市です。

となっています。





七尾市街地の中央を流れる御祓川(みそぎかわ)
JR七尾駅と七尾港の中心に位置する能登食祭市場(七尾フィッシャマンズ・ワーフ)とを結ぶ道路沿いの町並みの再生が、川の浄化とともに進んでいます。
能登食祭市場(七尾フィッシャマンズ・ワーフ) http://www.shokusai.co.jp/





川沿いにある松の木とモニュメント
松の木は「島昌の松」(しましょうのまつ:しまんしょう)という廻船問屋「島昌」の中庭にあったクロマツで、先の能登半島地震で島昌は取り壊されたが、人々から親しまれた建物を後世に語り継ぐため移植したとあります。





仙対橋から見る、七尾市街地の東西に走る商店街「一本杉通り」の町並みです。
450mもあります。





「昆布海産物処 しら井」
北前船の寄港地七尾の昆布屋。

一本杉通りのいわれの杉でしょうか?





「北島屋茶店」<登録有形文化財>
明治37年頃 木造二階建(腕木構造)
明治38年の七尾の大火を免れた数少ない建築物であり、伝統的な腕木構造を伝える典型的な七尾町家である。





「伊勢福」
わた打直し、ふとん仕立と書いてあります。





「鳥居醤油店」<登録有形文化財>
明治41年 木造二階建 土蔵造
藩政時代から商家として和菓子製造を営んできたが、明治38年の七尾の大火で消失明治41年に再建された現存する土蔵造の七尾町家の数少ない一つである。





「高澤ろうそく店」<登録有形文化財>
明治43年 木造二階建 土蔵造
明治38年の七尾の大火後に普及した土蔵造りによる七尾町家で、その典型的な形 として重要である。重厚で情緒ある土蔵造りは、現存する数少ない一つである。





「高澤勇吉商店」





町家
一本杉通り





「春成酒造」
七尾市今町





「小山屋醤油店」
七尾市相生町





町並み





「鹿渡酒造店」
七尾市木町





「旧十二銀行跡」
御祓川のたもと





いしり屋前



以上、七尾市街地の町並み紹介でした。
予想以上に、古い家屋が大切に保存されているのには驚きました。

次は、七尾市から金沢方向に向かう「七尾街道東往来」の町並みを紹介します。
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2009.12.30     カテゴリ:  能登の風景 

   能登街道西往来の町並み

今日は、能登半島の括れた位置にある邑知潟(おうちがた)(羽咋市:はくいし)の西側を走る能登街道西往来の町並みを紹介します。
西往来は、江戸期に金沢と奥能登を結ぶ交通路として、もうひとつの幹線である七尾街道東往来とともに人・馬・荷物が行き来したとされています。


さて、西往来の起点終点は知りませんが、今回、羽咋市気多大社(けたたいしゃ)付近から七尾市(ななおし)までの町並みを眺めてきました。


以下は、気多大社の説明です。「羽咋市役所HPより転記」 ↓
気多大社は大国主命(おおくにぬしのみこと)、またの名を大己貴命(おおなむちのみこと)を祀るお社です。
奈良・平安時代より能登の國一の宮国幣大社として、世に知られ、創建二千年の歴史を今に伝えています。
四季折々の趣きも美しい、ゆかしいお社です。
昭和58年昭和天皇が本殿背後の入らずの森(天然記念物)をご視察された際に、御製を読まれました。








見える鳥居は、気多大社の海側にある参道の入口にあり、
画像と反対方向が気多大社本殿になります。





参道の中ほどにあるこの交差点から出発です。





国道249号に出ますが、この道は曲がり真っ直ぐに七尾方向に延びています。



ここからは、県道2号沿いにある細い西往来と思われる道を進みます。




羽咋市柳田(やないだ)付近





同じく柳田付近





千路(ちじ)付近の町並み1
踏切は、JR七尾線の千路駅横。





千路付近の町並み2





千路付近の町並み3





金丸(かねまる)付近の町並み4





能登部(のとべ)付近の町並み1





能登部付近の町並み2





能登部付近の町並み3





能登部付近の町並み4


中能登町鳥屋(とりや)付近で、西往来らしき細い道は、
途切れてしまいました。





唯一、七尾市白馬(しろうま)付近で県道沿いに走っている細い道がありました。




次は、西往来、東往来の起点であろう「七尾市」の町並みを紹介します。
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2009.12.29     カテゴリ:  能登の風景 

   高松の町並み

ここ暫く、能登街道の町並みを紹介します。

かほく市高松(旧河北郡高松町)は、金沢から能登に向かう入り口に位置し、
今も風情ある格子戸が広がる町並みが残され、藩政時代における能登街道の重要な宿場町として栄えた町です。





町並み1
結構な道幅があります。





町並み2
中央分離帯には水路があり、桜が植えてあります。





町並み3





町並み4





町並み5





次は、能登半島の括れた位置にある邑知潟(おうちがた)(羽咋市)の上部を走る西往来の町並みを紹介します。
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2009.12.27     カテゴリ:  金沢の風景 

   からくりの町大野

昨日、紹介の「金石」の隣町、大野の町並みを紹介します。
大野といえば、金石の銭屋五兵衛の顧問であったとされる大野弁吉が住んでいた町です。
本名は中村屋弁吉で「加賀の平賀源内」とも呼ばれた発明家で、これを記念した「からくり記念館」もあります。

からくり記念館HP→ http://www.ohno-karakuri.jp/
(トップページの右下の「からくりムービー」をよろしければご覧ください。)
 

また、大野は国内有数の醤油の名醸地として栄え、町のいたるところに建物があります。
また、内部を改装して味噌や醤油のお土産が買える醤(ひしほ)蔵やもろみ蔵などもあります。

大野醤油醸造協業組合HP→ http://www2.icnet.or.jp/~osu/sato/sato.html






金沢港に架かる大野新橋から眺めた「ヤマト醤油味噌工場」





醤蔵への道





醤蔵では、ここでしか食べられない醤油ソフトクリームが販売されています。@300円
卵色をしており口の中に入れると、ほのかにキャラメルの味がします。





みなと橋から日本海方向の眺め
見える橋は、おおの大橋で左に立つ白い建物が大野灯台です。
この灯台は、大野町の舟問屋であった浅勘七という方が建てられたのが始まりだそうです。





美味しさで有名な宝生寿し





町並み1





町並み2





町並み3





町並み4





町並み5





町並み6





町並み7





日吉神社
鳥居には、安全を祈る北前船の船主の名が刻まれています。
また、船主たちが奉納した灯籠もあります。





大野弁吉の屋敷跡
海岸と平行に設けてある散歩道の一角にあります。





散歩道からの大野の町並み





伝泉寺
大野弁吉の墓所





町並み8





町並み9





町並み10





町並み11





町並み12



また、近くには、「金沢港いきいき魚市」という新鮮さが売りの直販所がありますよ。
http://www.ikiiki.or.jp/





以上、落ち着いた佇まいの町並みが続き、
歩いていると醤油の香りがほのかに漂ってくる、からくりの町「大野」を紹介しました。
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2009.12.26     カテゴリ:  加賀の風景 

   海の百万石を生んだ金石

今日は、前回の加賀市瀬越の豪商大家家の続きとして、
同じ頃、日本海を北前船が行き交ったころに栄えた港町、金石(かないわ)と大野町の紹介です。
まずは、金石です。
金石といえば、かつての豪商、海の百万石といわれた銭屋五兵衛らの栄華をしのぶ由緒ある地です。


そこで、銭屋五兵衛の銅像のある金石銭五公園に向かいます。


目視で目線の高さは、10mくらいありそうで海の方向に睨みをきかせてるように見えます。





境内に銭屋五兵衛の墓所がある本龍寺。
本堂は200年の歴史があり、重厚な造りです。





同境内には銭屋五兵衛の説明板





さらに、芭蕉が「奥の細道」の途中、
1689年(元禄2年)旧7月23日連句指導のために、
金石に立ち寄った際の句碑があります。

「小鯛さす柳すずしや海士が軒」




本龍寺横には、藩政時代に造られた監視窓
宮腰(今の金石)への出入りを監視するためです。
この道は、金沢にしては珍しく、真っ直ぐに金沢城に向かいます。





金石の通り沿いにある旧宅跡の碑





専長寺
築200余年の本堂や加賀藩家老・横山家ゆかりの屋敷が当時のまま残る。
本御影石灯籠などが配された庭園は見事で、
銭屋五兵衛の隠居所から移築した茶室では毎年11月3日に茶会が開かれるらしいが、
内部見学は予約が必要とのこと。



専長寺の門から左手の町並み





専長寺の境内にある「クロマツ」樹高8m、幹周2.6m
金沢市が平成21年3月26日に保存樹として指定。





秋葉神社
守護・富樫氏が建立したといわれる鎮火社。
藩政時代には、金沢周辺に火の神を祀る神社がないため、藩主から度々、鎮火の祈祷を命ぜられたといいます。





観田家の舟板塀





家並み1





家並み2





家並み3





家並み4





家並み5





家並み6




家並み7





家並み8





家並み9





家並みの路地1





家並み10





家並み11





家並み12





河口へ





家並み13





家並みの路地2





家並み14





家並み15




家並み16(金石四つ角)





家並み17





町並み18(大野方面)



こちらも郷愁漂う家並みが続いていました。

近くには、石川県銭屋五兵衛が整備されています。
http://www.zenigo.jp/



次は、隣接する大野町の町並みを紹介します。
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2009.12.23     カテゴリ:  加賀の風景 

   加賀市瀬越の大家家

12月19日に紹介しました、旧瀬越小学校(http://blogs.yahoo.co.jp/jijijobe/10559252.html)は、
昭和5年に北前船主であった大家家、広海家が中心となり、
地元の有志が、郷土の発展と振興を願う意思によって寄付され、建設したもので、
今日は、そのうち今も大聖寺川の川岸に佇んでいる「大家」家の建物を紹介します。





大聖寺川河口から1km程上流にある瀬越橋から眺めた大家家




河口方向を眺める




瀬越橋の欄干には北前船のモチーフ




大家家の玄関
内部は公開されていません




屋根瓦には家紋




綺麗な湾曲を描く塀




カーブミラーからの塀




敷地の一角にある倉庫群




近くの白山神社




神社内に横たわる木の構造物。何だろうか。




境内にある石碑に梅鉢紋




瀬越町の町並み



かつては、大聖寺藩の年貢米輸出港として栄えた町には程遠い静かな佇まいを残す町です。

なお、北前船の寄港地である小樽には、今も大家家の倉庫が残っています。
http://shofu.pref.ishikawa.jp/shofu/kitamae/mirai/keizai/keizai_2.htm

また、広海家の倉庫も残っています。
http://shofu.pref.ishikawa.jp/shofu/kitamae/mirai/keizai/keizai_3.htm



次は、北前船で栄えた町、金沢市大野、金石を紹介します。
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2009.12.19     カテゴリ:  加賀の風景 

   旧瀬越小学校

加賀市大聖寺瀬越町の旧瀬越小学校を紹介します。



旧瀬越小学校は、福井県との県境に位置する加賀市瀬越にあり、
昭和5年に北前船主であった大家家、広海家が中心となり、
地元の有志が、郷土の発展と振興を願う意思によって寄付され、建設したものです。


その後、生徒数が減少したこともあり、「青年の家」として活用されておりましたが、
老朽化が進み取り壊される運命となりました。

しかし、地元の人々の建物を保存したいという強い熱意により、
現在は、地域活性化と文化交流の拠点として、
平成14年からNPO法人「竹の浦夢創塾」がその運営に当たって、
平成15年7月にオープンしました。


一部NPO法人「竹の浦夢創塾」HPより転記
http://www1.kagacable.ne.jp/~musojuku/







旧瀬越小学校の正面





正面の左手





玄関を開けると、靴の置場もないくらい
地元の野菜が即売されていました。





1階の廊下
左上に、北前船主が航海の安全を願って描いた船絵馬





食堂





奥は小さな体育館





2階に通じる階段





2階の廊下





2階から眺めた中庭





以上が、旧瀬越小学校です。
郷愁を感じ、胸が熱くなりました。

後日、この旧瀬越小学校の建設にあたり寄付をされたお一人の大家家を紹介します。
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2009.12.13     カテゴリ:  加賀の風景 

   橋立を散策その2

橋立の町中にある蔵六園を訪ねました。

先の北前船主の資料館からは、僅か230mのところにあります。
旧北前船主酒谷家の分家で、山崎酒谷と呼ばれていたそうです。


蔵六園の名の由来は、訪れた大聖寺藩主「前田年鬯」が六角形の庭石をご覧になり蔵六園と名付けられたようです。
蔵六園は、国指定登録有形文化財に指定され、江戸末期にできた北前船主屋敷と庭園を見学できます。
山野草園やティールームもあり、古美術の販売も行われています。



加賀市観光情報ポータルサイトの蔵六園
http://www.tabimati.net/db_view.php?id=87

なお、蔵六園であって「兼六園」ではありません^^





資料館から蔵六園に至る小道





小道で見かけた古びた蔵





蔵六園正面玄関





蔵六園の紹介板





正面右手の景色





正面左手の景色





正面駐車場より




次は、ここから10kmほど福井県寄りにある
加賀市大聖寺瀬越町の旧瀬越小学校を紹介します。
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2009.12.12     カテゴリ:  加賀の風景 

   橋立を散策

先日来、能登の町並みを訪ねていて、もっと古い町並みが見たくなり、
去る11月29日、石川県と福井県の県境の町、加賀市の橋立という町を訪ねました。
ここは、かつて日本一の富豪村とよばれた北前船主邸の面影を今も留めています。

北前船の里資料館のHP
http://www4.ocn.ne.jp/~kitamae/


橋立と言えば、この時期、日本海の味覚の王者である蟹が多く水揚げされる町です。
石川では、ずわい蟹を「加能かに」というブランド名を付けています。
直売所もあり、また蟹料理を提供する宿や料理店もあります。





バス通りから見える、北前船の里資料館の後ろ側。趣のある板塀です。





この通路を通ると資料館正面に。





通路を反対から見たところ。





ここが、資料館正面玄関です。
旧北前船主酒谷家の7代目長平が明治9年に建てたものです。
玄関右手に「碇」が置いてあります。以前は、もっと大きかったような気がします。





資料館前の広場にある案内板





広場にある井戸





資料館前の広場
のぼりは、ばん家といううどん、そば店


少し、町を散策します。


左手の建物は、旧西出孫左衛門邸跡





旧西出孫左衛門邸跡





旧西出孫左衛門邸跡の玄関口階段





旧西出孫左衛門邸跡の道路向いの旧増田又右衛門邸跡に通じる階段





小川への階段





旧西出孫左衛門邸跡前からの景色





上の画像の反対から





町並み





井戸跡





町並み2





町並み3





階段





お昼に、資料館前にある「ばん家」というこじんまりとしたお店へ
店の中にあったジオラマ





メニューはうどん、そば、コーヒーのみで、御夫婦で経営している様子。
今日は、凪そばを頂きました。
小さな海老の天ぷらが載せてあり、出汁もいい味が出て絶品でしたよ。600円。
凪は、航海の安全を願ってるようでさすが港が近いことを感じます。
ちなみに、しけそばというメニューもありました^^;


ばん家
営業時間:9:30~17:00 定休日:水曜日 電話0761-75-2381


次は、近くの蔵六園の建物を見てきましたので紹介します。
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2009.12.06     カテゴリ:  能登の風景 

   猿山岬灯台

外は、寒いので先日訪れた「猿山岬灯台」をご紹介します。

先月22日、間垣めぐりで皆月へ行った折、久しぶりに猿山灯台に寄り道してきました。

先にも書きましたが、ここ最近は猿山灯台は景勝地というよりも、雪割草の群生地として、特に春は賑わいます。
灯台まで久しぶりに歩いてきましたが、季節外れなのでしょう、人っ子一人いませんでした。

以下、画像で紹介します。





自然歩道が整備されています。
門前市街地の外れにある、深見地区から徒歩1時間20分と表示されています。




駐車場から数分で娑婆捨(しゃばすて)峠に着きます。
ゾットする名称ですね。因みに姥捨てではありません^^;




娑婆捨峠 鹿落しの説明
娑婆捨は、人間とは無関係とあります。よかった。




峠にある休憩小屋




その横にあるお手洗い




自然歩道の説明




今は使われていない公衆電話ボックス




峠から海面を覗いてみました。
画像では分かりませんが結構な急傾斜です。




峠から、このような自然歩道を進み猿山灯台に向います。




自然歩道つづき




自然歩道の木の間から、白い灯台が見えてきました。
11月下旬なので木々が落葉しているから見えるのだと思います。




歩道からの灯台




かすかな紅葉
鮮やかな紅葉ではありませんが、これはこれで綺麗です。




途中、小川に架かっている橋のたもとにあった説明板
能登は、伝説が多い地です。




これは、その小川の上流方向。




橋を渡ると、雪割草群生地の案内板。
そばには石碑。




アップしてみます。
「土井いづみ」氏の歌碑のようです。




灯台の入り口付近にある石碑。




で、これが猿山灯台です。




猿山岬灯台の説明板。
猿山灯台かと思っていましたが、猿山岬灯台というのですね。




自然歩道の新しい案内板。




自然を大切に。




雪割草の群生地には、ライブカメラが設置されています。




駐車場付近から見た輪島方向。




これは、灯台付近から見た金沢方向。



機会があれば、また訪れたくなる自然豊かな所です。
何はともあれ、車が少ない所は良いですね。
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2009.12.05     カテゴリ:  加賀の風景 

   美川県一


歌手♪美川憲一さんをもじって、表示のある美川町は「県一」とアピール。
しかし現在、美川町は白山市に編入されています。

北陸高速道、手取川河口にて
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