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2010.05.29     カテゴリ:  加賀の風景 

   狭すぎ?

いくらなんでも、無理ですよ。








通れません!! 狭すぎ~
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2010.05.16     カテゴリ:  能登の風景 

   旧北国街道を散策(砂坂~埴生口)

前回の旧北国街道を散策(源平倶利伽羅合戦の地~砂坂)の続きで、今回は富山県小矢部市埴生口までです。








前回の砂坂口から100mほど進むと、このような二又が現れます。
石坂への分岐点です。
旧道は左の方に進みます。





京(京都)へ77里うんぬんとあります。





案内図
赤い線の下側が旧北国街道になります。





旧道に入って直ぐに矢立観音が鎮座しています。





矢立観音の説明板





矢立堂





峠茶屋跡

















茶屋跡付近に、このような当時の茶屋画像が表示されています。






説明書き











旧道の趣満点です。





たるみの茶屋跡











中たるみの茶屋跡

















峠を越えて石坂地区にある地蔵堂





埴生口にある石柱





埴生口の護国八幡宮





護国八幡宮前にある「鳩清水」の湧水



以上、倶利伽羅峠越えを画像で紹介しました。



 
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2010.05.05     カテゴリ:  金沢の風景 

   ツツジ満開

ツツジ満開


金沢市の中心住宅街の彦三1丁目に彦三緑地という名の緑地があります。

この彦三緑地は、加賀六代藩主「前田吉徳(よしのり)」から藩士「三代遠田勘右衛門自省(とおだよりみ)」が80本のツツジを拝領(はいりょう:お殿様からいただいたの意味)したといわれます。
そのツツジ(遠田のつつじ)が今も大切に残されている日本庭園風の緑地です。
遠田のつつじをはじめとするツツジ園のほか、ボタン園、休憩所等があります。
この時期には、園内のツツジ7種72品種約1,400本が満開を迎えるということで出かけて来ました。

満開でした~









入り口の門です。
園内のボランティアガイドさんによると、この門は金沢市広坂にあった由緒ある門を移築したもの。

そして、正面にそびえ立つのは楠(くすのき)で樹齢400年だそうです。
さらに、楠は台湾で多く栽培され木部はショウノウ(虫よけ)の原料が含まれているのだそうです。

下に落ちている小枝を折って匂いを嗅ぐと薬の匂いがしますよと教えてもらいました。
試しにやってみると、確かに薬のような匂いがしましたよ。
昔は、小枝を折って箪笥の中にひいて虫よけに利用したようです。







園内






能登キリシマツツジ
名前のとおり能登半島で今が満開の時期です。






















ミツバツツジ






品種改良による赤白混合のツツジ






キレンゲツツジ













蔵を改装したツツジ資料館






この灯篭は、キリシタン灯篭と言われています。
戦国時代に高山右近(たかやまうこん)というキリシタン大名が豊臣秀吉の禁教令(キリスト教の布教禁止)により追放され、加賀藩前田利家に招かれ金沢市に住んでいました。

お祈りをする際、十字架に見立ててお祈りをしたのがこの灯篭と言われています。
四角い穴の下にある平たい石板が十字架の横の部分になるようです。
前にある水を溜める石は、手洗い用だそうです。



以上、満開の彦三緑地のツツジですが、残念なことに、以前出かけた時は、満開の庭園を散策出来たのですが、現在、園内の一部は立ち入り禁止となっています。

聞くところによると、枝を切って持っていく人が後を絶たず、そのため多くのツツジが枯れたので、立ち入り禁止となっているとのことでした。



残念~~。


 


 
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2010.05.04     カテゴリ:  能登の風景 

   旧北国街道を散策(源平倶利伽羅合戦の地~砂坂)

旧北国街道を散策(源平倶利伽羅合戦の地~砂坂)


前回の旧北国街道を散策(龍ヶ峰城跡~源平倶利伽羅合戦の地)の続きで、今回は源平倶利伽羅合戦の地付近の砂坂までです。







猿ケ馬場の全景(石川側より)





松尾芭蕉句碑





説明板











平維盛が各武将を集めて軍議を開いた所で、一枚岩です。





平家本陣軍略図





猿ケ馬場の全景(富山側より)

















横に延びる散策路の少し上の木立付近が木曽義仲本隊が布陣した所。





砺波平野





左が砂坂という地名の旧北国街道





枯葉で覆われています。





砺波山





弘法の水
弘法大師が杖で突いたら真清水が湧出したと伝えられているようです。
もう少しそれらしく整えてほしいですね。





富山側からは、砂坂登り口になります。





砂坂の石川方向





砂坂登り口の三差路
旧道は、左のように見えますが、右の車道になります。





次は、峠を越えて富山県側の埴生口までです。



 
 


 
 
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2010.05.01     カテゴリ:  能登の風景 

   旧北国街道を散策(龍ヶ峰城跡~源平倶利伽羅合戦の地)

旧北国街道を散策(龍ヶ峰城跡~源平倶利伽羅合戦の地)


前回の旧北国街道を散策(竹橋宿~龍ヶ峰城跡)の続きで、今回は倶利伽羅峠の源平倶利伽羅合戦の地までです。







途中、このような看板が数枚あります。





人家が見えてきました。





左側の細い道が旧街道で、左隅に写っているのが上の画像の人家です。
ここで、舗装道路と合流です。





暫く舗装道路を進みます。











旧道の雰囲気があります。





急な上り坂を過ぎると地蔵堂があります。





左のお地蔵さんの帽子が取れているので、被せようとしたら、帽子が濡れて乾かしているのでした。





倶利伽羅不動寺の前





マップ





倶利伽羅不動寺の境内にある食事処で昼食です。
倶利伽羅山菜そばとおにぎりを頂きました。
そばは予想以上に腰があって美味しかったですよ。






お腹も膨れて散策継続です。
画像を取っている付近が、石川県と富山県の県境になります。
手前が、石川、向こうが富山です。
左に少し旧道らしき道があります。






二又の交差点上にある不動の茶屋の説明板





横にある石碑





石碑の後ろ側





二又の旧道を進みます。





道の幅が分かると思います。
この旧道の長さは100mくらいです。





源氏太鼓由来の説明板





源氏太鼓由来の人物の石碑





その石碑の後ろ側
「土地に道あり 人に心あり 山に花あり」
すてきですね。






為盛塚





説明板





為盛塚の全景





残雪の山並み





「源平倶利伽羅合戦の地」のモニュメント
「火牛の計」





「源平倶利伽羅合戦の地」と「火牛の計」の説明書き





この画像は、別の日に撮影したもので、積雪期にはこのように保管しています。



次は、もう少し倶利伽羅峠を散策します。


 
 
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